平成20年1月30日(水) 議員全員協議会
議員全員協議会を開き、西小の事件について教育委員会から経緯と今後の対応について説明を受けました。
動機などは本人と面談ができておらず不明な状態とのこと。
議員から様々な質問が出ましたが、子どもたちのケアに留意するように話して終わりました。
今回は新卒で羽村に来て4年目の先生、これまでとは少し違うように思います。
現場の実情を把握し、現場が機能するような対応が必要だと思います。
議員全員協議会を開き、西小の事件について教育委員会から経緯と今後の対応について説明を受けました。
動機などは本人と面談ができておらず不明な状態とのこと。
議員から様々な質問が出ましたが、子どもたちのケアに留意するように話して終わりました。
今回は新卒で羽村に来て4年目の先生、これまでとは少し違うように思います。
現場の実情を把握し、現場が機能するような対応が必要だと思います。
午後都庁の都民ホールで、北方領土返還を求める都民大会が開かれ、東京都市議会議長会会長として出席しました。
会場には200名ほどの方が集まっておられ、挨拶や祝辞の後、大会宣言を採択して式典は終わり、引き続き討論などがありましたが、お通夜が入っておりそちらは失礼しました。
羽村でもパネル展示をして、市民の皆さんにアピールしましたが、残念ながらロシアの態度は硬く、一向に前に進む気配はありません。洞爺湖サミットでも話題にしたいと主催者は言っていましたが、これも難しそうです。
竹島(韓国)、尖閣諸島(中国)沖ノ鳥島(中国)と領土問題では周辺各国との調整に苦労していますが、あくまで毅然として主張をし続けることが大切だと思います。
議会のインターネット放映について、議会運営委員会と一緒に、三鷹市と稲城市を訪問しました。
三鷹市のシステムは、かなり手をかけて作り上げられたもののようでした。
稲城市のシステムは、できるだけ簡素化して、職員が簡単に操作できるように工夫されていました。
コスト的にも稲城市の方式がよさそうに思えました。
昼食の最中に、西小の教諭逮捕の情報が知らされ、皆「またか」と言う思いになってしまいました。
視察を終えて羽村に帰り、副議長と共に、教育委員会から経緯の説明をうけました。
教育委員会も、今朝警察からの通報で知ったようでした。
私は、管理や研修の強化より、現場の実情に即した対策の検討実施を心がけてはどうかなどと話しました。
30日に議員全員協議会を開き、経過の説明と今後の対策等について説明を求めることにしました。
午前中には神明台上町内会の餅つきにお邪魔しました。
いつものように、私も実際に杵を持ち2臼ほど搗かせていただきました。
羽村に拠点を置く太鼓の「灯音(ビート)」の演奏もあり、北風が吹く中でたくさんの方が参加されていました。
後に予定が詰まっていることもあり、早々に失礼してしまいましたが、もっと皆さんとお話ができれば良かったと思います。
お昼過ぎにはスポーツセンターで市民ふれあい綱引き大会の応援。今年は38チームが参加しての開催。
とくに子どもたちの頑張りが目立ちました。
夜は安協の新年会。普段話をしたことの無い方々と意見交換ができ、有意義なひと時でした。
第10回の地域教育シンポジウムが開かれました。
今回のテーマは「社会の一員として・・なぜ守らなくてはいけないの?」でした。
ゆとろぎの小ホールは、40人ほどの小中学生、120人ほどの大人が集まり、2時から4時半まで、一中生の寸劇を問題提起として、意見交換が続きました。
「あたたの正しさはどこにある?」と題した寸劇は、電車内での席の譲り合いを例に「社会は個々の正しさの衝突である」「踏みつけられた正義が転がっている」など刺激的な言葉が印象に残りました。
「Pay it forward」という映画の話などもあり、社会をどう考えるかについて色々な思いを知ることができました。
講師の先生は、「年1回ではなく、もっと頻繁に小さな単位でやれば良いのではないか」と言っておられました。
髪が伸びてきたので行きつけの床屋さんに。
羽村に来てからのなじみです。
お互い言いたいことをずばずばいえる間柄。
ただし議長になってからは、私のほうがおさえていますが。
あれこれ聞かれて答えに窮することが多く、まだまだです。
短くしてもらった頭に、寒さが応えます。
誕生日を10日ほど過ぎてしまい、ちょうど予定が無かったのでこの際済ませてしまおうと試験場にむかいました。
一時停止の違反があり、府中まで行かないと更新できません。
8時20分に到着し、申込書をもらい、更新料4250円を払い、視力検査を受け、写真を撮り、ICカード化されたため情報の参照に必要な暗証番号を入力し、2時間の講義を受け、やっと新しい免許証を受け取ったのは11時半でした。日曜には3000人もが更新に来られるとのこと、違反している人がそれだけいると言うことかも。
これからの3年間は無事故無違反で行きたいと思います。
午前中は献血運動で羽村駅西口でティッシュ配り。ライオンズクラブや町内会・自治会の会長さんたちと手分けして献血を呼びかけました。私も400mlの献血をしました。献血できるのは16歳から69歳まで、後6年です。
年々協力者が減ってきているとのこと、高校生などにも協力をしてもらえると嬉しいのですが。
午後には、東京都三多摩地区消防運営協議会役員会が開かれました。
この協議会は、消防を東京都に委託している24の市と3つの町、1つの村で構成されています。市では稲城市と東久留米市が自営消防です。これらの市でも委託化が検討されているようです。
会では、平成20年度の委託費の見積もりが提示されました。
総額435億円、羽村は約6億8千5百万円、福生は7億6千4百万円、青梅は14億1千万円です。
これには消防団の費用は当然入っていません。
安心のコストとしてどう評価すればいいか、難しいところです。
東京都市議会議長会の正副会長と、東京都区議会議長会の正副会長・監事それぞれ3人で、東京都市区議会議長会の運営についての話し合いがありました。
話し合いの内容は書けませんが、後味の悪いものとなりました。
市と区では認識に大きな違いがあることが、話し合いのたびにわかります。これでは三多摩格差はいつまでたってもなくならないのではと思います。
同じことが東京と地方、都市と田舎の間にもあります。都市は田舎(地方)に支えられていることを認識する必要があると思います。
NHK職員のインサイダー取引が起きました。
ジャーナリストとしての自覚が全く感じられません。
こういった話は、いまやどこにでもありえるという状況ではないかと思います。
昨年の漢字は「偽」でしたが、年初から再生紙問題が起きています。
まだまだ深刻な事態が進んでいるような気がします。
先ずは一人ひとりが自分の身の回りを点検し、正すことから始めなければならないのではないでしょうか。
あちこちで餅つき大会があり、自転車で回らせていただきました。
幸い風も無く、思ったほど寒い思いをせずに済ますことができました。
ある町内会では、中学生に声をかけて出てきてもらい、杵を振るってもらっていましたが、良い試みだと思いました。私のモットーとして、必ず持ちをつくことがありますので、それぞれ杵を振るわせていただきましたが、いささか腰がふらついてしまいましたが何とか一臼は搗きおえることができました。
スポーツセンターでは交通安全推進委員会の出動式(消防の出初式と同じ主旨)が行われ、分列行進などを拝見しました。こういった機会を捉えて委員会の活動を市民に知ってもらえるといいのではないかと思いました。
午後には剣道教室の寒稽古大会が同じくスポーツセンターで開かれ、子ども達の試合を応援しました。
夕方からは横田基地で、友好クラブの合同新年会があり、200名を超える参加者と交流ができました。
基地のメンバーと直接話すことができ、久し振りに聞いたり話したりする英語は新鮮でした。
羽村の友好協会のメンバーと基地のメンバーとの話の中で、お花見をやろうと言う声が上がり、実現に向けて話が進むようです。
夕方から福生交通安全推進協会の懇親会がありました。
3市(福生、羽村、あきる野)1町(瑞穂)の関係者が出席され、盛会でした。
福生警察署長から、昨年は事故件数が減ったと言う報告がありましたが、関係者の尽力の結果だと思います。
心からご苦労様と申し上げました。
会場で隣り合った方とお話ができましtが、私が「上手くやるより、わかるようにやることが大切だといつも言っている」と申し上げると、頷いて同意してくださり、意を強くできました。
神明台地区にある企業で構成する工和会と、商工会青年部の賀詞交換会に出席しました。
工和会は、夏に河原で鱒のつかみ取りをされていて、昨年お邪魔しましたが、若い方が多く皆さんお元気だったことを覚えています。会長さんは70を超えられているそうですが、とてもそうは見えません。もう40年近く会社を経営されているとのことでした。
青年部の会では、会員が7人増えて29人になったとのことで、喜ばしいことです。でも昔は100を超える会員が居られたと言うことで、企業経営者も世代交代の時期が来ているのかと思いました。
岡山県市町村総合事務組合を訪問しました。
この組合は、岡山県の市町村の、退職手当、非常勤公務災害、福利厚生、消防団員補償、職員研修などを実施していますが、とくに研修について、市町村と共同研究・研修事業を積極的に実施していることが分かりました。とくに市町村合併に伴って全職員対象の研修のニーズが高まっており、それに応える仕組みを工夫されていました。途中で小雪が舞っていましたが、何とか積もることも無く無事帰京しました。
東京都市町村総合事務組合議会の視察で、兵庫県市町交通災害共済組合を訪問しました。
この組合は加入率が50%前後と東京都の10数%に比べて高く、その背景などについて質問しました。
この組合には、神戸市や姫路市などの大きな都市は入っておらず、まだまだ地域のつながりが強い地域が中心で、共済費の集金は地域が担っており、その結果として加入率が高いとのこと。しかし、個人情報保護や都市化の進展によってこれが壊れつつあり、加入率は長期低下の傾向にあるとのこと。
人と人とのつながりが日本中で薄れていっていることがうかがえる話でした。
今日はあの震災の前日、人と未来防災センターを訪問しましたが、センターの前では明日に向けて式典の準備が進められていました。
センターで震災語り部の方のお話をうかがいましたが、改めて普段からの心構えの重要性を確認しました。
議長室が殺風景なので、事務局と相談し、私の持っている絵を飾ることにしました。
ちょうど事務局長は絵心があり、私が持っていった絵を見てくれました。
赤富士を描いたものですが、本物ではなさそうです。でも好きな絵なので飾らせてもらいました。
時期的に今が赤富士を飾るには良いと言うことです。
明日から明後日にかけて東京都市町村事務組合議会の視察で関西方面に出かけます。
第30回の東地区のどんど焼きが8時から堰下で行われました。今年から松林地区が体験参加し3地区合同での開催です。
昨年の台風の出水で中州が狭くなり、今年は小屋の大きさを直径1mほど小さくせざるを得ませんでした。
参加者は私の記憶の範囲では1,2ではないかと思うほど多く、中州は人で一杯、団子を焼く隙間を探すのに苦労するほどでした。東地区委員会で用意した団子や福餅も完売、福生警察署から差し入れていただいたお汁粉や甘酒もなくなってしまいました。30年で定着してきていることが分かります。
11時からはゆとろぎで成人式。参加者は500人くらいだったでしょうか。新成人がなかなか会場に入らず、開式は10分近く遅れましたが、式は大きな混乱もなく進みました。
私は、「一日一日を大切に」「政治に関心を持って」などと挨拶させていただきました。
ざわざわと私語が止まない中での挨拶だったので、少しきつい表情で終始してしまい、お祝いにふさわしかったか少し気になりました。
未来の日本をしっかり担って行って欲しいと思います。
心配されたお天気も問題なく、冬の日差しの中で出初式が行われました。
今回は市民の方々の参加も多く、良かったと思います。
今回から初めて(?)年間の活動計画が配布資料に載せてありました。市民の理解を得ると言う意味でも良いと思います。消防団だよりも発行されていますが、こういう広報を通じて、活動が理解され、団員の獲得にも役立つことを期待します。
引き続き分団ごとに出初式が行われ、私は第1分団にうかがいました。
第1分団は若い団員が多く、皆さんとても元気で安心しました。
「消防団」でインターネットを探してみると、現状についての様々な意見が展開されています。
中には納得できる批判もあります。一挙にそれらを解決するのは難しいのかもしれませんが、着実に改革を進めて欲しいと思います。
午後から2回目の病院めぐり。
4つの病院を回りました。
回復期のリハビリをしているところは多くないので、探すのは結構大変です。
今日回ったところの内、3箇所は対応してもらえそうです。
しかし病室に空きがなかったり、個室しかなく料金が高いなど色々と考え込むことがあります。
帰りに入院している病院に見舞いに行きましたが、病室がナースステーションから一番遠いところに移っており、順調に回復していることが分かりました。後はリハビリに上手くつないで、できるだけ早く帰宅できるようになって欲しいと願っています。
お昼に老人クラブ連合会の新年会が、引き続き商工会の講演会と賀詞交換会がありました。
老人クラブ連合会では、今年3つのクラブが加わり32になること、加入者は3000人を越えることが報告されました。私は「今日で63歳になること、クラブに加入することを」挨拶の中で申し上げました。皆さんお元気で、一緒に参加した馳平さんと「成人式よりにぎやかだ」と話しました。
商工会の講演会ではコリアレポートの辺真一さんが北朝鮮問題について話されました。
拉致問題が解決しない限り国交は正常化しないというのでは、拉致問題は解決しないと言うのがポイントでした。外交と言うのはそういうものかもしれません。
商工会の賀詞交換会はゆとろぎのレセプションホール一杯の参加者で、私も何人かの方と名刺を交換させていただきました。中小企業にとって良い年であることを願ってお開きとなりました。
身内がクモ膜下出血で手術し1ヶ月が経ちました。
術後の経過も順調で、そろそろ手術した病院での治療は終わりという話が病院からありました。
と言っても、この1ヶ月寝たきりだったので、リハビリが必要です。
病院で紹介されたリハビリの病院をいくつか回ってみることになり、連れ立って見学してきました。
一つの病院では、相談員の方が1時間半ほどかけて、患者がどのようなサービスを受けられるか、体制はどうなっているかなどを丁寧に説明していただきました。こちらのぶしつけな質問にもきちんと答えてくださいました。
院内も見せていただきましたが、整理が行き届き、患者さんの顔も和やかでした。
もう一つは残念ながら比べるべくも無い説明で、がっかりしてしまいました。
みんなで実際に見ておいてよかったと話し合いましたが、この違いはやはり経営者の姿勢が原因であるように思われました。
今月中には今の病院を出なければならないようなので、何とか前者の病院に移れると良いのですが。
大統領選挙ニューハンプシャー州はマケインさんとクリントンさんが勝利しました。
キッシンジャー博士はマケインさんを支持すると言っていましたが、どうでしょうか。
クリントンさんは「涙を流した」のが流れを引き戻したようです。男が涙を流していたら結果は違ったでしょうが。
大阪でも熊本でも女性知事の後を受けた知事選がありますが、背景はかなり違います。
大阪は金銭問題ですが、熊本はダムに関する路線問題のようです。
いずれにしろ地方から日本を変える選挙になって欲しいと思います。
成人式の挨拶文を書き上げ、役所で最終打ち合わせし、確定しました。
できるだけ短くしましたが、思いが伝わってくれればと思います。
午後から福生警察の武道始式に初めて出席しました。
会場は福生警察署の武道場。防犯協会や交通安全協会など200人を超える参加者の前で、柔道、剣道、逮捕術、護身術、木太刀等が披露されました。出場した子どもたちの中に羽村の子どもが少ないのは残念でした。
署長さんの挨拶の中で、近年犯罪の件数が減っている、署員は380名、内現場は347名の体制であるなどが報告されました。市役所と同じくらいの規模です。
今朝の食事はお粥でした。昨日のドライブで疲れていたので起きるのが遅く、家人はもう出かけていました。
七草が入っているわけではありませんが、今日おかゆを食べるのはそれなりの気持ちになります。
地域の子ども達がお飾り集めに来るまで待って、河原に出かけどんど焼きの小屋に集めてきたお飾りを収めるのを手伝い、ここでも暖かいおかゆをいただきました。東小の12の町内単位にお飾りを集めてきた子ども達も、おかゆのお代わりを楽しみにしていました。今日は平日なので付き添いの大人も男性は少なかったのですが、11時にはすべての町内のお飾りが集まり、どんど焼きの小屋もにぎやかになっています。
昼過ぎには地域のお葬式に参列しご冥福をお祈りしました。暮れからお葬式も多いように思いますが..
3時からは西多摩議長会の賀詞交換会が開かれ、副議長と出席しました。
4市3町1村の首長や国会議員、都議会議員も出席され、ご挨拶をいただきましたが、特に首長さんのご挨拶は、皆さん個性が豊かで楽しいものでした。
「子ども達(未来)に負担を残さない」ことを考えてやってきたと言う挨拶があり、思わずその通りと思いました。もちろん必要な投資はしなければなりませんが、基本姿勢はこうあるべきでしょう。
田舎で法事があったので、早朝に出発渋滞も無く予定通り到着。
母が亡くなって始めての出席です。これまでは妹が出てくれていましたが、これからは私の仕事です。
故郷を離れて(いささか大袈裟?)50年になり、顔なじみは少なく、やっと同級生と話ができただけでした。
ただ、子どものころの私を知っている方が何人かおられ、「よっちゃん」と声をかけていただきました。こちらはそれがどなただか分からず、返事に困りましたが、ご自分からどこどこの誰と名乗っていただき、やっと記憶がつながりました。これからの親戚付き合いが思いやられます。
法事が終わって家で休んでいると、キッシンジャーさんへのインタビューが放送され、今年の予測が語られていました。中国はバブル崩壊もなく経済発展を継続すると言う予測には少し驚きました。
帰途でよったサービスエリアで見たテレビでは、中国の教育事情が報道されていましたが、かなり矛盾が生じているように思います。ただ、それぞれの家の様子を見ると、この国は確実に豊かになってきていることが分かります。
暮れからやるべきことが溜まっています。
どれも報告に関することなので、手をつけなければならないものなのですが、なかなかその気になりません。
来週がヤマです。
アメリカ大統領予備選で民主党はオバマ氏が勝利しました。
このまま流れは一気に行くのでしょうか?
8時半から役所で仕事始め式に副議長と一緒に出席しました。
役所の大会議室に職員が集まっている中、国歌と市歌の斉唱の後、市長に続き年頭の挨拶をしました。
その後職員表彰があり、式は20分ほどで終了。
早速仕事が始まりました。
休みでなまったからだを動かそうと、健康体操に行き、いつも通りのメニューをいつものようにこなして、さっぱりしました。
午後は欠礼の葉書を出していなかったところからきた年賀状に、寒中見舞いを出す準備。
家人が横から、寒中見舞いは松が取れてから出すのよと注意され、出すのはやめにしました。
アメリカ大統領選、民主党はオバマさんが緒戦を制したようですが、これからヒラリーさんがどう巻き返すか、ひょっとしてエドワーズさんになるかもしれません。
良いお天気に誘われて、家人と一緒に日の出のモールに出かけました。
時間があったので、広い店内をあちこち見て回りました。人出も結構多く、お昼を摂るのに大分待ちました。
ところで着ていったのは息子のお下がりのジャンバー。家人が「ださい」と言い出し、結局ファッションフロアで見つけた福袋を買うことになりました。普段、体裁にはあまり構わないほうなのですが、今日は素直に家人の助言に従いました。
今日でお正月はお終い。明日から忙しくなります。
今日も良いお天気のお正月。
昨日自転車で市内の神社めぐりをしていて気がついたのですが、国旗を出している家が非常に少ないのです。
軒並み並んでいた地域もありましたが、それはごく僅か。みんなで祝うと言う祝日の主旨が変わってきているのでしょうか?ハッピーマンデーなどと言って、それなりに意味のあった祝日を動かしてしまったのも影響しているかもしれません。
家人は娘と福袋を買いに出かけました。
私は4日の仕事始め式での挨拶を考え、まとめました。
夕方から家人の実家に家人の兄弟家族が集まって、恒例の新年会。
成長に伴って全員が集まることが難しくなってきていますが、今年は2人の赤ちゃんも加わってにぎやかな新年会でした。
1時過ぎまでお寺で除夜の鐘のお手伝いをした後、一眠りし、8時から神明神社の歳旦祭。
祝詞奏上、玉ぐし奉奠の式典後、直会(なおらい)があり、挨拶では神社報にあった「かけがえの無いもの」についてふれ、今年の日本がかけがえのないものを見直すことになることを期待するとお話しました。
午後市内の神社のいくつかにお参りしてきました。阿蘇神社はお囃子が出てお参りの人がたくさん来ておられにぎやかでしたが、他は社殿は開いているものの、人影はまばらでした。
夜には上の娘が帰ってきて、にぎやかな食事ができました。
今年は衆議院の選挙もあり、結果がどうなるかはわかりませんが、確実に日本が変わっていく方向が見えてくる年ではないかと思います。
好天の大晦日でした。
最後の大掃除で、あちこち家人ときれいにして、一日が終わりました。
今年の私の大きな出来事はと言えば
・選挙で何とか当選した
・議長になった
・子ども2人が家を出て生活を始めた
でした。
記憶に残るものとして
・分野を問わず謝ることが多かった
・阿久悠さんが亡くなられた
・政治は益々混沌としてきた
・このままでは日本はだめになると言う認識が共通になりつつある
でした。
平成20年は答を自分達で出していける年の始まりになると良いと思います。
良いお年をお迎えください。
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